ダイキン工業インタビューその3|印象に残っているプログラムとは?
JMI生産・開発マネジメントコースの修了者である、ダイキン工業の高橋さんを訪問しました。
日本能率協会の平井がインタビューいたします。(以下敬称略、役職当時)
印象に残っているプログラムとは?
平井
高橋さんには2016年にJMI生産開発マネジメントコースにご参加いただきました。
ご参加の経緯について、教えていただけますでしょうか。
高橋
弊社の生産技術部の基幹職の中で私が3人目の受講です。
弊社の副社長が5年前に「最近生産技術のマネージャーの視野が狭い。JMAでこういう研修があるから行ってみてはどうだ」と生産技術部長に声をかけ、弊社の生産技術のメンバーが受講させていただくようになりました。
私自身は、これまでにも外部の勉強会などに出させていただく機会はあったのですが、部長から「良い機会だから受講したらどうだ」と紹介されて、受講させていただくことになりました。
平井
9カ月間の研修は長いですが、最初に受講が決まった時にどういう印象でしたか。
海外の出張も多くてお忙しそうですが。
高橋
日頃から社外のいろいろなところへ行く機会が多かったので、研修に参加するのは苦になりませんでした。
10年ぐらい前に、経産省の外郭団体の研究会に入れていただいて、1年間ほど毎月集まっていろんな話題の懇談会をするということをさせていただいたことがあり、関西にない話題が多くて結構楽しく刺激になりました。
今回もどちらかというとそういう感覚で、東京に行ってお話を聞かせていただこうという感じでした。
平井
2016年6月から受講いただいて、今思い返して一番印象に残っているプログラムは何かありますか。アメリカもご一緒させていただきましたね。
高橋
どのプログラムもよく覚えていますが、特にというとダイアログ・イン・ザ・ダーク、それから能の研修ですり足をやったことや、座禅の研修などですね。
私にとっては、ビジネスの研修よりも普段やらない体験の方が記憶に残っています。
ダイアログ・イン・ザ・ダークについては少し自分自身に伏線がありました。
この工場は堺市にあり、昔の堺の千利休がお茶の文化を作ったということなのですが、当時千利休が社会的にどんなことをしていたかというと、狭いお茶室に当時のVIPに入ってもらい、素の人間として一緒にお茶を飲んでもらう。
人間性の交流でもって社会を再構築するというようなことをしていたらしい。
人には社会の中でいろんな立場がありますが、人間性で交流して会話するということが必要なのだなというふうに思っていたところへ、ダイアログ・イン・ザ・ダークのように、暗闇のなかで言葉と感覚で、相手のことを考えて共同作業をするということを経験させていただいて、その感覚の大切さを実感しました。
平井
今の千利休の話もそうですし、お話をさせていただく中で、すごく多岐にわたる知識をお持ちの印象だったのですが、それでもやはりこういうダイアログ・イン・ザ・ダークや能、禅というのは、新鮮な体験でしたか。
今でもとても印象に残っているのは、アメリカでシアトルにご一緒させていただいた時に、ピケティという経済学を知っているかというお話をされていたことです。
経済学者の名前が出てきて、ビックリしました。
高橋
そうですね。
社会や経済のことについては割と早い頃から興味を持っていました。
これは日本が戦争したという教育を受けた影響が大きいと思います。
私が生まれた昭和の中頃は、まだ結構世の中に痕跡や社会影響が残っていて、戦争にまつわる話もよくありました。
その後勉強していく過程で、だんだんと、実はお金や経済の都合で国同士の複雑な事情が生まれてくる部分が多いということを学びました。
私は工学部の出身ですが、大学自体はどちらかというと経済系の大学だったので、そんなことを考えるきっかけになったように思います。
それでピケティという人の本を読みましたら、いま世界では再び貧富の格差が問題のようです。
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