東京大学教授 藤本隆宏様インタビューその5|日本の産業界へのメッセージとは?
JMI生産・開発マネジメントコースの主任講師である
藤本隆宏様(東京大学大学院経済学研究科教授 東大ものづくり経営研究センター長)にお話を伺いました。
日本能率協会の安部武一郎がインタビューいたします。(以下敬称略、所属役職はインタビュー当時)
日本の産業界へのメッセージとは?
安部
今の話の中にも出てきましたが、日本のものづくり企業や産業界に対するエールや、応援のメッセージを最後にいただきたいと思います。
藤本
まず、しっかりした歴史観や地政観を持つことが大切でしょう。
70年の戦後の歴史の中で、日本は最初の5年ほど混乱期にあり、それから40年ほど冷戦期を経験しました。
冷戦の間、日本はまだ中国が東西の壁の向こうにいたので後ろから追いかけてこず、太平洋の向こうに米国がいて何でも買ってくれるという非常に恵まれた環境にいました。
その結果、日本は経済も産業もものすごく伸びたわけです。
つまり、冷戦期が日本経済を伸ばした時代だったのです。
実力もあったが歴史的背景もありました。
ところが1990年ごろ、冷戦期が終わると、東西間の鉄のカーテンが開きました。
すると優秀で極端に賃金の安い人材を多く抱えた中国が登場し、いわば月給20万円対1万円、20分の1の賃金で沿海部の工場で働くようになりました。
沿岸部だけで働いている人が1億人以上いたと思います。
突然賃金ハンディが20倍になるという、信じられないほど大転換の時代を迎え、日本経済、特に一部の貿易財産業では受け身を取れなかったのです。
だから、日本の現場は20年以上苦労したわけです。
日本の現場にとってポスト冷戦期は、コスト競争で大きなハンディを背負わされた時代です。
しかもバブル経済の崩壊、金融危機、円高、少子高齢化、と試練がいっぺんに来ました。
そのあとすぐあとにはデジタル情報家電の出現により製品がアナログからデジタルに変わる流れが進行しました。
デジタル製品は調整節約的でこれは日本が苦手なモジュラー・アーキテクチャです。
中国が極端な低賃金から世界一の人口を誇る大国として隣に出現し、一方の日本は少子高齢化で人口ボーナスもなくなってしまいました。
それらの条件悪化が1990年代にいっぺんにやってきたのです。
それまで冷戦期に順調に進んでいたのが、一気にすべて逆回転になりました。
これだけのハンディを背負いながら、日本の経済現場はよく今までこれだけ多くが生き残ってきたと思います。
はっきりいって大したものです。
そしてようやく、2005年ごろに始まった中国など新興国の賃金高騰で、そのハンディが少し緩んできました。
ちょうど高地トレーニングみたいなもので、空気の薄いところで生き残りをかけてじたばたしていたので、日本の優良現場は心肺能力が高まりました。
そこへ少し空気が戻ってきたわけですから、いろいろな形で競争力が戻ってきました。
ただ、日本だけが良くなればそれでいいという話ではありません。
日本企業もグローバル化しています。
マザー工場が間に入って海外の自社工場などにあれこれと教え、海外の工場も強くしなければなりません。
そうやって、ちゃんと海外の現場の社員も良い暮らしをできるようにする必要があります。
その一方で、日本の国内工場も生き残っていくことになります。
グローバル経営の基本はこうしたグローバルな全体の長期最適化です。
そのためには、「戦うマザー工場」がいなければなりません。
つまり、過去20年以上生き残るためにじたばたして強くなった日本の現場を「戦うマザー工場」として生かすことにより、その力をグローバル全体最適経営に結びつけることが今、多くの日本企業に求められています。
もう1ついいたいのは、今後も地道にやっていくことです。
たしかに企業価値でいうと、トヨタ自動車より上にグーグルやアップルがいます。
ICTの分野で日本は完全に出遅れてしまいました。
これから20年から30年の間に、ジョブズみたいな人が日本にも出てきてほしいと思いますが、いきなりは無理ですから、まずは地道なところからやっていかないといけません。
地道なところとは、地上戦に強い日本の強みを生かすことです。
今はICTで制空権を奪われています。
そのうちには制空権もうかがいますが、当面は上空としっかりつながりながら、それに振り回されないようにすることです。
自分のペースを乱さずに改善を重ねていくことが大切です。
そもそも21世紀という時代は、「重さのある世界」と「重さのない世界」で全く違うことが起きています。
重さのない世界は空中戦です。
革命的な変化(レボルーション)が起き、日本がついていけないスピードで技術もビジネスモラルも変わりつつあります。
ここにもいずれは参加したいですが、取りあえずは地道な進化(エボルーション)が起きている「重さのある世界」で地道に改善を加速化させるべきでしょう。
やはり、多能工のチームワークを持ち味とする日本の現場の強みはここにありますからね。
それは自信を持ってやっていってほしいと思います。
ただ、そうした地上での実力をどういうふうに上空のICTの世界へつないでいくかというのが、IoTの話であり、インダストリー4.0であり、次の課題です。
特に、中間のICT-FAインターフェース層を完全に草刈り場にされないようにするためには、何かしらのオールジャパン体制が必要になってくる局面がありそうです。
その上で世界とつながる、今進めている「IVI」の「緩やかなから標準」も日本らしい取組みだと思います。
いずれにせよ工場間、工場間ネットワークの領域は大同小異でつながっていくべきではないでしょうか。
安部
分かりました。貴重な時間をいただき、頭の中が大変整理されました。
本日はありがとうございました。